五木寛之著 2008年11月20日初版「人間の覚悟」とはどういう覚悟なんだろうかと思いつつ、序文をさらさらと開けて、「親鸞」と言う文字が目に付きました。若いころ、歴史上の人物の中で、気になる一人でもあったのです。
「親鸞」は平安時代の末から鎌倉期にかけて、新しい大きな思想を展開した人物で、師と仰ぐ法然への帰依の姿勢は、生涯を通じて揺るがなかったのです。
仏教に関しての教えとか、なかなかピンとこない若いころの私には、まだ親鸞が言わんとすることの方が理解できると感じていました。
そのころ「歎異抄」を読んだ記憶があります。
親鸞の言葉(覚悟)
★自分の信心に特別のことなどはない。師である法然上人のいわれたとおりに信じて、ついて行っているだけだ。自分が法然の言葉を信じてついていき、もし師に欺かれて地獄におちたとしても、自分は決して後悔しない。
★「地獄は一定のすみかぞかし」・・・・自分がいまいるのは、悟りすました解脱の世界ではなく、常に人間としての生きる悩みにとりかこまれた煩悩の地獄である。
★「往生還相」・・・・・「往生」とはこの世でいったん死ぬ、と言うこと。そして「還相げんそう」とは、浄土から帰ってくることではなく、うまれかわることを言う。
つまり、これまでの自分をいったん捨て去ったところから、新しい生活がはじまる。生きたままでの再生こそ親鸞のめざした生活なのではあるまいか。そのためにこそ、私たちは様々な覚悟が必要なのだ。(著者の言葉)
私たちは、私は、そのさまざまな覚悟ができているのか?

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